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「アリ・バタネンVSジャン・トッド」

いまFIA会長の座を巡って二人の男が火花を散らしています。

時は1981年。ジャン・トッドはこれまでのコ・ドライバー人生を投げ打って?プジョータルボスポーツチームのディレクターに就きます。これまで優勢だったアウディ・クワトロに対向して、プジョー205をベースに4WDミッドシップの名作を作り出したのはトッドのビジョンでした。フロントエンジンのアウディ・クワトロの弱点であった旋回性に、4WD+ミッドマウントというフォーマットで革新したわけです。

そのころディビット・リチャーズをコ・ドライバーに、アリ・バタネンはWRCを席巻していました。金髪をなびかせた若者は闘争心に燃えつつも常にクール。フライングフィンと呼ばれた、フィンランド勢の最も魅力的な男の一人でした。1985年、移籍したプジョー。バタネンはWRCアルゼンチンラリーで瀕死の重傷を負います。復帰不可能といわれたのですが1987年パリ・ダカールで復活優勝を遂げます。それはCAMELカラーのプジョー205T16、チーム監督はもちろんジャン・トッド。優勝のポディウムでミルクのグラスを掲げる姿が有名になりました。またライオンのぬいぐるみがダッシュにあって、お茶目な性格を現していました。翌88年は、優勝を手中に走るモーリタニア、パルクフェルメからマシンが盗難に遭い数時間後に公園で放置されているマシンが見つかるのですが、結局失格になってしまいます。変わってこの年に勝ったのはユハ・カンクネン。1989年/1990年と優勝そしてプジョータルボスポールはシトロエンに変わり、1991年にも優勝を遂げます。ジャン・トッドとアリ・バタネン。お互いの人生を関与しあった2人。後年ジャンはF1で最高の名声と富を手に入れ、アリは政治の世界にステージを移し欧州議会議員として活躍をします。

そしていまマックス・モズレーの後継を競って2人が立候補する模様です。いつも心配してSSのフィニッシュに立ち尽くしていたジャン・トッド。フロントカウルを大きく破損させて飛び込んできたアリ・バタネン。

盟友は火花を散らすのでありますか?日本の政治のように

写真は1992年パリ-ケープタウンで。ちょっと古くて小さい画像ですが右の黄色いスーツがアリ・バタネン、左はユベール・オリオール、撮影はわたくし。実はこのラリーに私も参加していたのでした。

No.038 09/07/22



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No.038 「アリ・バタネンVSジャン・トッド」
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No.035 「砂漠化とブランディング」
No.034 「しばらく、海外です。しかも砂漠のなか。」
No.033 「Je t'aime... moi non plus」
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Creative Director
山田 徹 Yamada Tetsu 株式会社グローブコンペティション代表取締役

最近(2008年4月)事務所を郊外に移転しました。そこは趣味のラリーマシン製造のために田舎に所有していた鎮守の森の前にある自動車工場を大改造して制作。本来デザイナーの腕としては自信がある?ものの今回は「原則として廃材や貰い物で、作る。図面は引かない!行き当たりばったりで作る」というコンセプト。友人の世界的建築家の有馬裕之氏も「・・・・」と大納得?の新オフィスで、いまだ未完成の部分をどうしようかと悩んでいるようです。その有馬氏は、ここにリエゾンオフィスを置こうかと思案中とのこと。特に表に向けて閉鎖的、裏に向けて開放的!!?な事務所。来る人を阻み、来た人を快適に、が特徴だそう。

1階はベランダ部分が主な打ち合わせスペースですが、目の前はすぐ鬱蒼とした森。ベランダからはすぐに小径があり、鎮守の森の散歩が出来ます。またこの森は特に小鳥が多く、午前中は素晴らしい鳥の鳴き声で至福の時間が得られます。椅子は本人がコレクターだというだけあって、ものすごくたくさんあります。今度はデザイナーや建築家と林業関係者らとのコラボレーションで「木の椅子」を展開するプロジェクトも進んでいます。さらにはツリーハウス・プロジェクトは、都市と中山間の交流促進と、ただの遊び場ほしさの提案が進んでいます。さらに四国八十八カ所にならった?小さな山の中のトレイルを作ろうと考えているようです。

基本的には読書が趣味ですが、1年のうちの半分近くを旅と読書で過ごしています。クリエイティヴディレクター、コピーライター。時々イラストも描きます。環境問題は25年前から積極的だったのですが「最近はヒステリックな温暖化原理主義はいかがか?」と思案中。環境に特化した地域のフリーマガジンを計画中!なのですが、「環境問題はなにが問題なのか」みたいな切り口ではじめたいらしいので、しばらくしたらこのウェブサイトでも事後報告が出来るかもしれません。どうぞこれからもよろしくお願いします。

09/03/03