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「ジャーナリスト中島祥和さんと」

わたしたちの会社のもうひとつの顔、SSER ORGANISATIONでは、海外でラリーを開催しています。そう、パリ・ダカールのアジア版です。通称パリダカは、昨年のテロ予告でキャンセルされましたが、南米に開催地を移して30回の記念大会を無事に終えました。そして迎える2010年は世界不況。特に自動車産業は深刻な局面です。果たしてこの難局を乗り越えて、この稀有なモータースポーツは、こてからも燦然とわれわれの頭上に輝き続けるのでしょうか。

そんな思いのこの夏は、わたしたちのラリー(正式名称はRally Mongoliaといいますが)に古くからパリ・ダカールや世界のモータースポーツの取材を続けてきた老ジャーナリスト中島さんと元ミツビシの篠塚建次郎さんをお連れしました。当然話はアフリカを駆け巡った日々の思い出話が多くなります。それにしても、いつから世界はこのような不自由な状況になったのでしょう。パリダカの誕生は1979年。世界は東西冷戦のさなか、通信環境もままならず、もちろんパソコンもGPSも存在しない時代。つまり冒険が満ち溢れていた時代ともいえます。男たちは競って砂漠の冒険の旅に出かけました。有名俳優や王室のもの、英国首相サッチャーの現役時代、息子マークが出場し行方不明になった時には、世界中のメディアがパリ・ダカールをとりあげます。20世紀の風を帆いっぱいに受けて、世界の人々に「冒険」の夢とロマンを与えてきたわけです。

私もそれに魅せられ、温かいサラリーマンの世界から飛び出したものの一人ですが、いやそれにしてもあの時代は、未来が満ち満ちていました。

こんにちの世界を覆う政治的貧困やテロ、そして今回の世界不況の耐え難い不穏感。海外の地でラリーを開催することも参加することも大いにためらわれる時代です。それでもその中島さんと、さまざまな話をしました。はじめて中島さんとお目にかかったのは1988年1月、ニジェールの都市アガデスにあるサハラホテルの中庭。マシンを整備している時にフラリと。サハラホテルなどというとロマンチックなホテルを想像しますが、今はどうか知りませんが、非常にプリミティヴで、オールドアフリカンの魅力?のあるものです・・・上手く表現できませんでしたが。

次は1992年に参加したパリ-北京で、NHKの解説者としてヘリに乗ってやってきていました。まあことほどさように、この世界の生き字引のような人です。自身は明治大山岳部OBで故植村直巳さんの先輩。マッキンリーで姿を消した植村さんの本も中島さんの作品です。ほにもモータースポーツなどを中心に多くの出版物がありますのでぜひともご一読ください。写真は中島さんのもの。言いたい放題に切って切って切りまくる中島さんのホームページ「ジジババネット」http://www18.ocn.ne.jp/~jijibaba/も楽しめます。モンゴルのラリーの様子や、もちろんパリ・ダカールのこと。ついでに政界やジャーナリズムの悪口、いや失礼、批判も読んで納得です。

No.039 09/08/20



バックナンバー
No.042 「新構想、動き出した2010年」
No.041 「おかげさまで、20周年」
No.040 「チョモランマから帰還」
No.039 「ジャーナリスト中島祥和さんと」
No.038 「アリ・バタネンVSジャン・トッド」
No.037 「S・マックィーンVSルイス・ハミルトン」
No.036 「西安を考える」
No.035 「砂漠化とブランディング」
No.034 「しばらく、海外です。しかも砂漠のなか。」
No.033 「Je t'aime... moi non plus」
No.032 「ブランディングの神、シャネルニュメルサンク」
No.031 「最後の資源、水」
No.030 「浅草ジンタ」
No.029 「一国二制度?ダブルスタンダード?F1の未来。」
No.028 「62e Festival de Cannes」
No.027 「ぺルルスコーニ、やるねえ。」
No.026 「VWとポルシェ、経営統合へ」
No.025 「高級感や先進性より大事なのは・・・」
No.024 「とあるパーティで。」
No.023 「LIFE>PHONE、iidaのなぜ」
No.022 「Williams aims to sell KERS technology」
No.021 「1万人の女性・・・次世代に輝く10,000の原石」
No.020 「あなたとあう気がするわ。」
No.019 「タンタンに同性愛疑惑浮上!」
No.018 「The Opening of the new Comcast Center in Philadelphia」
No.017 「バカボンのパパが熱い」
No.016 「BASEL WORLD 2009」
No.015 「これで私のライバルはタンタンだけだ」
No.014 「HYDOROGEN + CHUPA CHUPS」
No.013 「Mama Shelter & Philippe Starck」
No.012 「Kilometro Rosso」
No.011 「Luigi Colani Design」
No.010 「Karl Lagerfeld」
No.009 「戦争を取材するよりもほんの少し安全なだけだ。」
No.008 「桃源郷へ・・。そのプロモーション効果は」
No.007 「女王陛下のハミルトン」
No.006 Red Bull Gives You Wings 「レッドブルの戦略」
No.005 「Celebrating Two Decades of Glamour」
No.004 THE FIRST LADY THE WORLD'S BEEN WAITING FOR
No.003 王義之蘭亭序
No.002 44億円のマティス
No.001 教員免許更新
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Creative Director
山田 徹 Yamada Tetsu 株式会社グローブコンペティション代表取締役

最近(2008年4月)事務所を郊外に移転しました。そこは趣味のラリーマシン製造のために田舎に所有していた鎮守の森の前にある自動車工場を大改造して制作。本来デザイナーの腕としては自信がある?ものの今回は「原則として廃材や貰い物で、作る。図面は引かない!行き当たりばったりで作る」というコンセプト。友人の世界的建築家の有馬裕之氏も「・・・・」と大納得?の新オフィスで、いまだ未完成の部分をどうしようかと悩んでいるようです。その有馬氏は、ここにリエゾンオフィスを置こうかと思案中とのこと。特に表に向けて閉鎖的、裏に向けて開放的!!?な事務所。来る人を阻み、来た人を快適に、が特徴だそう。

1階はベランダ部分が主な打ち合わせスペースですが、目の前はすぐ鬱蒼とした森。ベランダからはすぐに小径があり、鎮守の森の散歩が出来ます。またこの森は特に小鳥が多く、午前中は素晴らしい鳥の鳴き声で至福の時間が得られます。椅子は本人がコレクターだというだけあって、ものすごくたくさんあります。今度はデザイナーや建築家と林業関係者らとのコラボレーションで「木の椅子」を展開するプロジェクトも進んでいます。さらにはツリーハウス・プロジェクトは、都市と中山間の交流促進と、ただの遊び場ほしさの提案が進んでいます。さらに四国八十八カ所にならった?小さな山の中のトレイルを作ろうと考えているようです。

基本的には読書が趣味ですが、1年のうちの半分近くを旅と読書で過ごしています。クリエイティヴディレクター、コピーライター。時々イラストも描きます。環境問題は25年前から積極的だったのですが「最近はヒステリックな温暖化原理主義はいかがか?」と思案中。環境に特化した地域のフリーマガジンを計画中!なのですが、「環境問題はなにが問題なのか」みたいな切り口ではじめたいらしいので、しばらくしたらこのウェブサイトでも事後報告が出来るかもしれません。どうぞこれからもよろしくお願いします。

09/03/03